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名古屋地方裁判所 昭和55年(行ウ)19号 判決 1982年8月27日

原告

豊田浄化槽センター株式会社

右代表者

山田正巳

右訴訟代理人

甲村和博

原山剛三

被告

豊田市長

西山孝

右訴訟代理人

鶴見恒夫

樋口明

主文

一  被告が原告に対し、昭和五五年一月二三日付けでなした、し尿浄化槽清掃業不許可処分を取り消す。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文一、二項と同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和五四年一一月一五日付けで被告に対し、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(以下「法」という。)九条一項に基づき、し尿浄化槽清掃業の許可申請をしたところ、被告は、昭和五五年一月二三日付けをもつて原告の右申請に対し不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)をなしたので、原告は同年三月二四日、これを不服として異議申立をしたが、被告は同年四月二三日付けをもつて右異議申立を棄却する旨の決定をし、そのころ原告は右決定正本の送達を受けた。

2  しかしながら本件不許可処分は違法である。

すなわち、市町村長は、し尿浄化槽清掃業の許可申請がなされた場合、右申請が法九条二項の規定を受けた同法施行規則六条に定める基準に適合している限り必ず許可しなければならないものであつて、裁量の余地は存しない。

そして、原告は、前記申請に際し、前記基準に適合していることを証明する資料を提出している。

ところが、被告は、原告が同項に定める基準に適合するか否かについて全く調査することなく、本件不許可処分をなしたから、本件不許可処分は法九条二項に違反してなされた違法な処分である。

3  よつて、本件不許可処分の取消しを求めるため本訴に及んだ。

二  請求原因に対する被告の認否および主張

1  請求原因1項は認める。

2  同2項中、本件不許可処分をなすに際して、被告が、原告が法九条二項所定の基準に適合するか否かについて調査しなかつたことは認めるが、本件不許可処分が違法であることは争う。

3  本件不許可処分は適法である。

本件不許可処分は、被告の正当な裁量に基づく処分であり、裁量権の範囲を越えたり、濫用にわたるものでもないから、何ら違法でなく、取消されるべき理由は存しない。以下に詳説する。

(一) 法九条二項所定の許可の性質について

法九条所定のし尿浄化槽の清掃は、同法七条に所定の一般廃棄物であるし尿(以下「生し尿」という。)やゴミの収集、運搬、処分と同様、本来的には、市町村固有の行政事務に属することは、地方自治法二条三項七号の規定上明らかである。

すなわち、し尿浄化槽の清掃とは、単に浄化槽から汚泥を取出すのみならず、浄化槽を適正に維持管理し、浄化槽から放流される水によつて地域環境の悪化を防ぐことにあるから、し尿浄化槽の清掃も生し尿の汲取と同様、生活環境の保全と公衆衛生を守るための行政の一貫として遂行されるべきものであり、市町村の固有事務と言うべきである。

したがつて、し尿浄化槽の清掃は、生し尿やゴミの収集等と同様、すべて市町村自らが処理するのが理想ではあるが、人的物的な制約でこれをなすことが不可能であるため、特に許可を与えた業者にこれを代行させることにより、市町村が自ら処理したのと同様の効果をあげさせることとしたのである。それ故、し尿浄化槽清掃業の許可申請があつた場合に、これを許可するかどうかは、市町村の行う廃棄物の処理計画や既に許可を与えているし尿浄化槽清掃業者の数およびその能力ないし設備等諸般の事情を考慮し、市町村長がその自由裁量権を行使して決定できるのである。

(二) 豊田市の実情等

本件不許可処分当時、豊田市の清掃区域内では、し尿浄化槽清掃業者は五社であり、そのうち四社は別に法七条二項の許可も得て生し尿の収集、運搬業を兼ねていた。そして、豊田市は、市内を五つの区域に分け、生し尿はそのうち四区域を右四社に区域別に委託し、残り一区域を市が直営していた。またし尿浄化槽清掃は、右各四社が生し尿収集区域と同じ区域を実施し、市の生し尿直営区域を前記専業一社が行つている。

かかる状況は、昭和四七年以来変りなく続いてきており、本件許可申請がなされた当時においても前記許可業者において市内の浄化槽を清掃するのに十分な施設と能力を備えており、新たな業者を加えさせる必要は全くなかつた。したがつて、かかる実情のもとで新規業者の申請を許可することは既存業者の経営を圧迫する結果業者間に無用の混乱を生じさせるおそれがあり、業者間の過度の競争は、生活環境の確保と公衆衛生の推進を阻害させる結果を伴うおそれが強い。

本件不許可処分は、これらの諸般の事情を理由としてなされたものであり、被告に、裁量権の逸脱もしくは濫用のないことは明らかである。

三  被告の主張に対する原告の反論

1  被告は、し尿浄化槽清掃業に対する許可は自由裁量行為である旨主張するが、右許可は覊束裁量行為と解すべきである。

すなわち、法は七条において生し尿汲取業を一般廃棄物処理業とし、し尿浄化槽清掃業は、九条においてこれとは別個の性質を有するものと規定しているが、その理由は、し尿浄化槽清掃業は生し尿を汲取るのではなく、単に浄化槽を清掃するにすぎないことにおいて、生し尿汲取業とその業務の内容を著しく異にしているためである。

したがつて、生し尿汲取業は市町村の固有事務に属し、かつ、原則として、市町村自身またはその委託を受けた業者により行われ、かつ、市町村の一般廃棄物処理事業の全体的な計画の中の一貫として右業者への委託がなされるため、市町村長の右委託には、相当巾広い裁量権が与えられているというべきであるが、一方、し尿浄化槽清掃業は先に述べた業務内容に照らし、市町村による一般廃棄物処理の全体的計画との調整などする必要はないから、もつぱら業者間の競争によつて業界の健全な発達を促進するのが望ましいわけであり、市村町長が巾広い裁量権を保有しなければならない実質上の根拠はないと解される。

したがつて、し尿浄化槽の許可は、法九条二項、同規則六条に定める基準に適合する限り、市町村長は許可すべきであり、覊束裁量行為と解釈するのが相当である。

2  被告は、原告に許可を与えると、業者間で無用の混乱、競争を生じさせ、生活環境の確保と公衆衛生の推進を阻害する結果をもたらすと主張するが、原告は法令に定められた設備および能力を有しているから、原告に許可を与えられたとしても市民に提供されるサービスの低下がもたらされるおそれは全くなく、かえつて業者間の競争が激しくなることによつて業界を健全に発展させ、ひいては地域住民の需要に応じた良質、廉価なサービスを提供することになるものである。

第三  証拠<省略>

理由

一原告が昭和五四年一一月一五日付けで法九条二項の規定に基づき、し尿浄化槽清掃業の許可申請をしたところ、被告は、昭和五五年一月二三日付をもつて本件不許可処分をしたこと、被告は、本件不許可処分をなすにあたつて、原告が法九条二項、同法施行規則六条に定める基準に適合するか否かについて調査しなかつたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被告が原告からの右申請に対して不許可処分をなした理由の要旨は、「豊田市においては既存のし尿浄化槽清掃業者が、同市内に設置されているし尿浄化槽の清掃を実施するに必要な施設および能力を有しているから、原告に新たにし尿浄化槽清掃業の許可を与えると、既存業者との間で無用な競争、混乱を生じ、ひいてはそのことが同市の行なうし尿およびし尿浄化槽汚泥の計画的処理に影響を及ぼすおそれがある。」というにあることが認められる。

二そこで、法九条二項所定の許可の性質について検討するに、地方自治法二条九項、別表第二(一一)によれば、生し尿、ゴミ等一般廃棄物の収集、運搬、処分は市町村がその責任において処理しなければならないいわゆる団体委任事務と規定され、市町村は、その区域内における一般廃棄物の処理について計画を定めなければならず(六条一項)、かつ、その計画に従つて、一般廃棄物を収集、運搬、処分しなければならない(六条二項)ものとされている。

しかし、区域内のすべての一般廃棄物について市町村が、そのすべてを行うことは不可能なため、市町村は右業務を市町村以外の者に委託し(六条三項)、または一般廃棄物処理業者に代行させることとし、その営業を許可制とし、所要の監督を加える(七条)こととしている。

したがつて、一般廃棄物処理業者に対する法七条の営業許可については、市町村の責務である廃棄物処理事務遂行の観点から、市町村長に相当広い裁量が認められると解される。

これに対し、し尿浄化槽清掃業については、前記地方自治法二条九項別表二(二)に規定されておらず、またその業務の主な内容は、本来汚物をそれ自身で処理し浄化する浄化槽の清掃・維持・管理にあり、清掃の内容は、法施行規則七条に規定するとおりであること(もつとも、清掃の結果引き抜かれた汚泥の処理につき、独立してその収集、運搬または処分を行おうとするときは、別途に法七条一項所定の許可を要する。)、これらに加えて、許可の基準も、監督の態様も、一般廃棄物処理業に比し著しく緩和されている(七条ないし九条)。

以上の諸点を勘按すると、法は、し尿浄化槽清掃業は、一般廃棄物処理業が有する市町村の事務の代行という性質は有しないものの、浄化槽の適正な維持、管理が区域内の衛生の保持について重大な影響を与えることがあることにかんがみて、右業務を許可制にしたものであり、被告主張の既存業者の保護ないし過度の競争の防止などという観点から右業務を許可制にしたものではないと解するのが相当である。

したがつて、同法九条二項によつて市町村長に与えられた裁量は、覊束裁量であつて自由裁量でないと解される。

してみると、市町村長は、し尿浄化槽清掃業の許可申請があつた場合、申請者が法九条二項各号の規定に適合している限り、必ず許可を与えなければならないものと解すべきである。

以上の説示に反する被告の主張はすべて採用できない。

三本件においては、原告のしたし尿浄化槽清掃業の許可申請に際して、被告が原告が法九条二項各号の規定に適合しているか否かについて調査することなく、本件不許可処分をしたことは前記のとおりであるから、本件不許可処分は裁量権の行使を逸脱した違法が存することは明らかである。

四以上の次第であり、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担については、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(松本武 澤田経夫 加登屋健治)

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